残念!外交下手な皇帝
皇帝ヨーゼフ2世がバイエルンを手に入れることに対して、プロイセン王フリードリヒ2世は、それではオーストリアが強大になってしまうとして反対を唱え、ドイツ諸侯の多くも同調しました。
ヨーゼフ2世は、妹マリー・アントワネットが嫁いでいる同盟国フランスの支持を期待しましたが、ルイ16世も、皇帝の行動には正義はない、と反対しました。
しかし、王妃への配慮から、かろうじて中立は保ってくれそうでしたが。
ヨーゼフ2世はやむなく、長くオーストリア領だったネーデルラント(今のベルギー)とバイエルンを交換したい、と表明しました。
そうすれば、オーストリアのドイツ圏領が増え、他民族国家であることが弱点のオーストリアが、ドイツ国家色を濃くして、統一国家に近づきます。
しかし、この非現実的で突拍子もない提案に、プロイセンはじめドイツ諸侯も反対。
若いヨーゼフ2世は外交戦でも、老練なフリードリヒ2世の足元にも及ばなかったのです。
危機感をつのらせた母帝マリア・テレジアは息子ヨーゼフ2世に、何度となく、バイエルンからの撤兵を促しました。
『プロイセン王は本当に激怒しているのです。その怒りをいつ爆発させるか分かりません。勇気を出して、早く撤収しなさい。』
しかし、もともと尊敬していたフリードリヒ大王と2度に渡って会談し、彼の弁舌に酔わされていたヨーゼフ2世は、大王が本気で自分に向かって攻めてくることなどないだろう、と、根拠のない楽観でタカをくくって、バイエルンへの進駐を続けました。
ついに戦争勃発
ところが、1778年7月5日、フリードリヒ大王はついにオーストリア領ボヘミアに侵攻してきたのです。
バイエルン継承戦争の勃発です。
7月7日には両軍は初めて砲火を交えました。
女帝マリア・テレジアが一番恐れていたことが、現実になってしまったのです。
ヨーゼフ2世は、こうなったら戦うしかない、と、軍を率いてボヘミアに向かいました。
しかし、実戦はこの皇帝には初めてのこと。
砲弾がうなりを上げて飛んでくる戦場は、彼の想像を超えた地獄でした。
マリア・テレジアは、フランス大使のメルシー伯爵に書き送りました。
『戦争が始まりました。私が1月以来恐れていたことです。それも何という戦争でしょう!何も得ることはなく、失うばかりなのですから。』
プロイセン軍は、ケーニヒグレーツでオーストリア軍の主力を包囲しました。
息子の尻拭いに乗り出した母親
プロイセン軍の強さと、オーストリア軍の弱点を知り尽くしていたマリア・テレジアは、このままでは大変な惨禍になると思いつめ、息子ヨーゼフ2世には黙って、生涯かけて憎み抜いたフリードリヒ2世に対し、講和を求める手紙を送りました。
これは彼女にとってこの上ない屈辱でしたが、戦争を止めるためなら、と、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだのです。
皇帝には、使者が出立した後に、講和の交渉を始めた、と伝えました。
ヨーゼフ2世は、自分の頭越しに母がフリードリヒ2世と交渉を始めたことに『これは考えられるかぎりもっとも不名誉な外交交渉だ』と激怒。
もとはといえば本人が蒔いた種ですから仕方がないのですが、自分の尻拭いを勝手に母親が始めたとなれば、皇帝陛下としては赤っ恥もいいところです。
退位する!と息巻きましたが、母帝にたしなめられました。
やはりゴッドマザーには逆らえません。
女帝からの親書を受け取ったフリードリヒ2世は、もちろんすぐには承諾はしません。
これから、丁々発止の交渉が長く続くことになります。
交渉中ということで戦線は膠着状態となり、大きな戦闘はないまま、やがて季節は秋、そして冬へとうつろっていきました。
時のうつろい、人のうつろい
それでは、ハイドンのシンフォニーを聴いていきましょう。
今回のイ長調のシンフォニー 第64番には、『時のうつろい Tempora mutantur』という意味深なラテン語の愛称がついています。
例によってこの理由ははっきりとは分かっていません。
フランクフルトで発見され現在も所蔵されている、エステルハージ家で使われた当時のパート譜セットをくくっている帯に、そのように書きつけられていたのです。
これは、エリザベス朝ウェールズの詩人(エピグラミスト)、ジョン・オーウェン(1564 -1622)による次の詩の冒頭だということです。
Tempora mutantur,
nos et mutamur in illis.
Quomodo?
Fit semper tempore peior homo.
時はうつろい、
我々も時の中でうつろいゆく。
どのように?
時代が悪くなれば、人も悪くなる。
戦争、独裁者の台頭が起こっている昨今、心に刺さる警句です。
Joseph Haydn:Symphony no.64 in A major, Hob.I:64 “Tempora mutantur”
演奏:ジョヴァンニ・アントニーニ指揮 イル・ジャルディーノ・アルモニコ(古楽器使用)
第1楽章 アレグロ・コン・スピリート
自筆譜は残っていないので作曲年は確定できていませんが、1773年頃とされています。第1楽章の冒頭は静かな調子のピアニッシモで始まりますが、すぐに無骨なトゥッティのフォルテで打ち消されます。楽章を通じて、穏やかさと激しさ、弛緩と緊張が目まぐるしく対比され、そのコントラストがハイドンの狙いということに気づかされます。
展開部は畳み掛けるように激しく、提示部でも完全に安定が戻ることはなく、どこか不安な中で終わります。
第2楽章 ラルゴ
第1楽章にも増して不安定な音楽で、ハイドンの書いた第2楽章のなかでも非常に変わった、奇妙な曲です。弱音器をつけたヴァイオリンが、静かな音楽を奏でるのですが、とぎれとぎれに休符があり、何かカデンツァでも入りそうで、何も入らず、スッキリしない感じがします。中間部でも少し激しいフォルテが入るものの、それもつかの間、また同じような調子に戻ります。最後にはホルンが不吉な音色を響かせて意味深に終わります。
『時のうつろい』がどの楽章を指すのか、第2楽章という説と第4楽章という説がありますが、オーウェンの詩の雰囲気を伝えているのはこの楽章のように思えます。それにしても、そもそもなぜこの詩がテーマになっているのか、何かの劇と関係があるのか、まったく謎です。
第3楽章 メヌエット:アレグレット&トリオ
スッコチ・スナップとも、ロンバルド・リズムとも呼ばれる、16分音符と付点8分音符の組み合わせのリズムが多用されます。このシンフォニーの中では唯一〝まとも〟な楽章といえます。トリオはレントラー風です。
第4楽章 フィナーレ:プレスト
不規則なロンドで、非常に変わっています。メインテーマは、aとbに分かれて、繰り返されます。そのうち、短調のcが入り込んで、それがaとbに邪魔されるかと思うところ、ものすごい勢いで突っ込んできます。まるで、嵐のようです。それも、ドッキリでした~と言わんばかりにいたずらっぽくaに戻ります。いったい、どのように終わるのか、もう騙されないぞ、と思ううちに終わります。
『時のうつろい』はこの楽章の変幻自在で先の読めないことを描写したという説や、ハムレットのセリフ『Time is out joint 時は乱れて』に関係している、という説など、定まらないのです。
動画は、往年のフランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラの演奏です。ブリュッヘンの独特な指揮ぶりが懐かしいです。
www.youtube.com
シンフォニー 第63番《ラ・ロクスラーヌ》の記事はこちら。
www.classic-suganne.com
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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