ベートーヴェンはベルリン滞在中、前回取り上げた素晴らしいチェロ・ソナタ 作品5をはじめとした素晴らしい作品を作りましたが、1980年になって、ある傑作もこの旅行中に作曲されたことが判りました。
それは、『ピアノと管楽のための五重奏曲 作品16』。
ピアノに、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットという非常に珍しい編成の曲です。
弦楽器はいません。
自筆譜が残っていないので、いつ作曲されたか定かではなかったのですが、スケッチ帳の紙質や透かしの研究で、この曲に関するスケッチがチェロ・ソナタ 作品5と同じもので、ベルリンで購入された紙と判明しました。
また、スケッチは、ベルリンの前の滞在地であるプラハの紙にも書かれていました。
さらに、ベルリンの紙に手紙の下書きが書きつけてあり、そこには、この五重奏曲を誰かに送る旨と、受け取っても誰にも渡さないように、という注意書きがありました。
このことから、この五重奏曲は、プラハで誰かの依頼で書き始められたものの、プラハ滞在中には完成せず、ベルリンに行ってから完成し、プラハの注文主に送られたものと考えられます。
この珍しい編成の曲は、実はモーツァルトに先例がありました。
12年前の1784年、モーツァルトはピアノと管楽器による五重奏曲を、宮廷劇場で演奏し、大喝采を浴びます。
ベートーヴェンのこの曲は、そのモーツァルトの作品と、楽器編成も同じなら、調や楽章の構成、主題の設定まで同じなのです。
あえて全く同じ条件で作曲したわけですが、先輩の作品をお手本にした、というより、自分ならこうする、と言わんばかりの挑戦的な作品という印象を受けます。
おそらく、モーツァルトの音楽をこよなく愛したプラハで、〝モーツァルトの再来〟と目されたベートーヴェンに、この人気曲と同じような曲を作ってほしい、とねだられたのでしょう。
この編成の曲は楽器のバランスが非常に難しく、モーツァルトのような神業でなければうまくいかないため、他の作曲家は誰も作っていませんでした。
プラハの人々は、それでもこの曲を愛するあまり、人気映画の〝Ⅱ〟を求めるがごとく、ベートーヴェンに頼んだのかもしれません。
ベートーヴェンは、先輩の二番煎じを作れと言われて、怒ったでしょうか?
いや、むしろ、逆に大いに張り切り、燃えたはずです。
挑戦的な曲の多いベートーヴェンの中でも、特に野心的な作となっているからです。
ともすれば、美術学生が名画を模写するがごとく、先輩の形式を守って作った習作、と見られがちですが、とんでもありません。
先輩の技に対する畏敬と、それを凌駕せんとする挑戦心に満ち溢れた、大変な傑作なのです。
両曲はふつうアルバムではカップリングされていますが、その聴き比べは、音楽好きにはたまらない愉しみとなっています。
自称〝生涯で最高の作品〟
まずは、モーツァルトの作品から聴いていきましょう。
モーツァルトがザルツブルクを飛び出し、ウィーンでフリーの音楽家として活動を始めて3年、ピアニストとしての人気がいよいよ絶頂に近づいてきた頃の曲です。
初演後に、ザルツブルクにいる父レオポルトに書いた手紙を引用します。
どうぞお許しください。こんなに長いあいだご無沙汰したことを。でも私がこのごろどんなに忙しいか、ご存知ですね。3つの予約演奏会で大いに評判を上げました。劇場での演奏会も非常に好評でした。2つの大きな協奏曲と、それから非常な喝采を受けた五重奏を書いたのですが、自分ではこの五重奏は、これまで書いた最高のものだと、考えています。オーボエ1、クラリネット1、ホルン1、ファゴット1、それにピアノから成り立っています。お父さんに聴いていただけたら、と思います!それに演奏がまたどんなに美しかったことか!ともかく(実を言いますと)、弾いてばかりいたので、最後には疲れてしまいました。そして聴衆の方がいっこうに疲れなかったことは、私にとって少なからざる名誉です。
1784年4月10日 ウィーンにて父レオポルト宛*1
ここで「五重奏」として紹介されているのがこの曲です。
自分で〝これまで書いた曲の中で最高の出来〟とまで言っているのです。
一緒に演奏したピアノ・コンチェルトは『第15番 変ロ長調 K.450』と『第16番 ニ長調 K.451』です。
特に、第15番はモーツァルト自身〝ピアニストに一汗かかせる曲〟と評した難曲ですから、こんな大曲を一度に3曲も演奏したら、さすがのモーツァルトといえどもヘトヘトになったのも無理はありません。
しかし、モーツァルトのピアノを当時の人々がどれだけ聴きたがったのかも伝わってきます。
聴衆はいっこうに疲れなかった、というのも真実でしょう。
演奏も素晴らしいものだった、とのことですが、それもそのはず、クラリネットは、モーツァルトがその人のためにあの『クラリネット協奏曲』を書いたアントン・シュタードラー、ホルンも4つの『ホルン協奏曲』を書いたヨーゼフ・ロイトゲープが担当しました。
いずれも当代の名手であり、モーツァルトの語法をよく理解した演奏家たちですので、自身のピアノとあいまって、〝神〟の演奏となったのです。
この曲には、モーツァルトには珍しく、7ページものスケッチが残されています。
彼には、頭の中で曲はできたものの、楽譜に書き起こす時間がなく、そのままメモ程度で本番に臨んだ、といったようなエピソードがたくさんありますが、しっかり推敲を重ねることもあったのです。
音楽学者のアルフレート・アインシュタイン(1880~1952)は、『モーツァルトがこの作品でコンチェルト的なものとの境界線にふれながら、しかもこの線を踏み越えない感情の繊細さはただ感嘆すべきもので凌駕するものではない。』と述べ、ベートーヴェンといえども超えることはできない、と評しています。
室内楽の域を脱してピアノ協奏曲の世界にゆくかと思いきや、各管楽器の中でピアノだけが突出することはなく、微妙なバランスで室内楽に留まっている、ということです。
管楽器たちは時には一体となり、時には独立してピアノと相対し、優しくも典雅な世界を現出します。
古今に類例のない曲だけに、若きベートーヴェンが、わざわざ同じパレットで創作に挑戦したくなったのもよく分かります。
取り上げるのは、あまりにも情緒纏綿とした演奏が多いこの曲にあって、いくぶん無骨な調べが魅力的なアンサンブル・ディアーロギのパフォーマンスです。
モーツァルト:ピアノと管楽のための五重奏曲 変ホ長調 K.452
Wolfgang Amadeus Mozart:Quintet for Piano and Winds in E-flat major, K.452
演奏:アンサンブル・ディアーロギ(古楽器使用)Ensemble Dialoghi
<クリスティーナ・エスクラペス(フォルテピアノ)、ジョセプ・ドメネク(オーボエ)、ロレンツォ・コッポラ(クラリネット)、ピエール=アントワーヌ・トレンブレイ(ナチュラルホルン)、ハビエル・ザフラ(ファゴット)>
ラルゴのゆっくりした序奏がついています。管の和音に続いてピアノが3回典雅なメロディを静かに奏で、その後、各管楽器も自分の特長を自己紹介するようにそれぞれ挨拶します。そして、ホルンが牧歌的な歌を歌いはじめると、次々に思いがあふれるかのように抒情的な旋律が流れます。この部分を初めて聴いたときには目頭が熱くなったのを覚えています。アインシュタインも『序奏の世界にいることを忘れてしまいそうになる』と書いています。
やがて、優美なメインテーマをピアノが奏でて主部に入ります。そのモチーフを4つの管楽器が変容させながら歌う中、間を縫うようにピアノが華麗に舞います。楽器同士の対話が楽しく続き、短い展開部から、華やかな再現部へと進んでいきます。終わり方は意表をついてさりげない感じです。
第2楽章 ラルゲット
この頃のピアノ協奏曲の緩徐楽章では、中頃に管楽器とピアノの対話の時間が多く設けられていますが、それだけを取り出した趣きの楽章です。各楽器の対話はより密接になっていて、とくにそれぞれの管楽器の個性が引き出されています。ピアノの分散和音の上に乗せられた管の響きは絶品であり、逆に、管の豊潤な音色の上に流れるピアノもまた優雅の極みです。深刻になりすぎることはありませんが、短調へのゆらぎも絶妙で、感情の動きが細やかに表現されています。
第3楽章 ロンド:アレグレット
ガヴォット風の素朴なテーマをもったロンドです。A-B-A-C-B-A-カデンツァ-Aといった構造になっています。Bは遊び心いっぱいのエピソードで、オーボエの歌が爽快です。ハ短調のCの悲壮的な雰囲気が素晴らしいエッセンスになっています。それが終わってのBは輝くばかりで、胸がいっぱいになります。カデンツァは47小節にわたる長大なもので、室内楽とコンチェルトの境ギリギリといった感じです。コーダは冒頭のテーマが展開され、華やかに終わります。ここは、室内より劇場を意識したかのようです。
アンサンブル・ディアーロギの演奏動画です。(第3楽章ロンド)
Ensemble Dialoghi - Mozart Quintet for Piano and Winds, K. 452 (III)
では次に、12年後に作曲されたベートーヴェンの作品です。
モーツァルトの作品が、ウィーンで流行していたハルモニームジーク(いわばブラスバンド)と、自らのピアニストとしての人気の両方を融合させた、古典派娯楽作品の極致といえます。
これに対し、ベートーヴェンの作品は、一見古典派の形式をなぞったようにも見えますが、実は、すでに歴史のものとなりつつあった古典派様式をあえて再生させたのだ、という見方もあります。
古典派の殻を破ってロマン派への道を拓いた、というのがベートーヴェンの歴史的立ち位置ですが、若い時期のベートーヴェンの作品は、古典派様式の再生を行ったのだ、というのは実に説得力のある評価です。
ベートーヴェンの若い頃の作品を、モーツァルトやハイドンの影響からまだ脱し切れていない、過渡期、習作期の作品として軽く扱う風潮は、生き生きとした古楽器による演奏がどんどん生まれている今、もはや古い認識となっていくでしょう。
〝破壊からの創造〟だけではなく〝偉大なるものの再生〟もベートーヴェンの大きな業績として評価すべきなのです。
Ludwig Van Beethoven:Quintet for Piano and Winds in E-flat major, Op.16
演奏:アンサンブル・ディアーロギ(古楽器使用)Ensemble Dialogh
第1楽章 グラーヴェーアレグロ・マ・ノン・トロッポ
モーツァルトと同じようにひとつの楽章といってもよいくらいに充実した序奏がついています。管楽器のユニゾンによる落ち着いたファンファーレから始まりますが、チェロ・ソナタ 作品5の序奏と同じような、付点リズムのフランス風序曲を思わせる威厳があります。 うっとりするようなモーツァルトの序奏と違って、緊張感にあふれて不安ささえ感じさせます。不安定さから主部の輝かしさを引き出そうとしているかのようです。チクタクとした時計のようなリズムも特徴的です。
主部は愛らしいテーマでホッと安心。各楽器が呼び交わす中、ところどころ、ピアノが突出していき、意表を突かれます。調和と破調の繰り返しが音楽を充実させ、聴く人を引き込んでいきます。娯楽作品の域を超えた気宇壮大な趣きがあり、明らかにモーツァルトとは違うベートーヴェンの独創の世界です。最後にはピアノのカデンツァとホルンの名人芸があり、しっかりと曲が閉じられます。
その指示通り、歌うように美しいテーマをもった変奏ロンド形式です。 A-B-A-C-A-コーダという構成になっています。Bは憂愁に包まれ、管楽器のため息と、ピアノのつぶやきが幽玄でさえあります。回帰したAはピアノによって変奏が加えられ、落ち着いた中にも典雅です。Cはホルンが憂いと癒しが交錯した、何ともいえない歌を歌い、オーボエがそれに和します。ピアノはこれらの管楽器の活躍を、海のさざ波のように支えます。コーダに向かうにつれ、各楽器は高潮していき、クライマックスを迎えたあと、さりげなく幕が下ります。
第3楽章 ロンド:アレグロ・マ・ノン・トロッポ
ベートーヴェンらしい、優雅な中にも力強さを秘めたロンドのテーマです。A-B-A-C-A--B-コーダ、という構造です。しかし、優雅に踊るかのようなAは、単なる繰り返しではなく、展開部、再現部といってよいほどにテーマの労作と工夫の限りが尽くされています。 ピアノは時には主役でリードし、時には管楽器の脇役に徹し、また離脱して即興的な動きも見せます。展開は複雑で、当時の人はなかなかついていけなかったのではないでしょうか。古典派の均整を保ちながら、実に前衛的な作品に仕上がっているのです。最後は、一気にクレッシェンドして終わりとなります。
同じく、アンサンブル・ディアーロギの演奏です。(第2楽章アンダンテ・カンタービレ)
Ensemble Dialoghi - Beethoven Quintet for Piano and Winds, Op. 16 (II)
〝ご家庭用〟付録付きの初版楽譜
作品は、作曲後にプラハの注文主に送られたと思われますが、ベートーヴェン自身による初演は、ウィーンに戻ってから、1797年4月6日に宮廷料理長イグナツ・ヤーンの屋敷にて、当時リヒノフスキー侯爵お抱えの名ヴァイオリニスト、イグナーツ・シュパンツィヒのコンサートで行われました。
楽譜の初版は、1801年3月にパート譜として出版されましたが、その際、ベートーヴェン自身の編曲によるピアノ四重奏曲ヴァージョンの楽譜も付録としてついていました。
管楽器奏者を揃えるのは難しいので、ご家庭でも楽しめるように、というベートーヴェンと出版社の企画でした。
さて、後世はモーツァルトとベートーヴェンの両作品をどう評したのでしょうか。
ベートーヴェン研究家のリーツラーは、『創意の豊かさや形成の確実さにもかかわらず、神的な融合や自然さにおいて、モーツァルトの作品には及ばない。』としています。
巨匠たちの作品の優劣を論じるのは、議論としては面白いのですが、結論の出る話ではありません。
私としては、それぞれにそれぞれの魅力があるとしか言いようがありませんが、モーツァルトの音楽には、リーツラーの言うように、神が創ったような自然さがあり、ベートーヴェンの作品には、人間が努力と英知を傾け、心血を注いで創った偉大さがあるように感じます。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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