孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

頭はいいけど、集中力なし…。~マリー・アントワネットの生涯1。ハイドン:交響曲 第81番 ト長調

7歳のマリア・アントニア(マリー・アントワネット

女帝の娘たちの運命

これまで、音楽に多大な影響を与えた、オーストリア女帝マリア・テレジアと、その息子、神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世の生涯を追ってきました。

ヨーロッパ随一の名家といわれたハプスブルク家の君主たちは、みな音楽を愛し、その結果、帝都ウィーンは「音楽の都」と讃えられるようになりました。

女帝マリア・テレジアは、戦争に次ぐ戦争、困難な帝国統治といった、想像を絶する激務のかたわら、男5人、女11人、計16人の子供を、夫の皇帝フランツ1世との間に生みました。

男の跡継ぎがおらず、戦争になってしまった父カール6世のような目に遭わないため、また、政略結婚の道具として、子作りに励んだのです。

しかし、政略結婚の道具とされた娘たちの運命は、総じて過酷なものとなりました。

従順な娘もいれば、反抗的な娘もいて、女帝は悩まされもしましたが、過干渉なこともあり、けっこう子供の好き嫌いもあって依怙贔屓も見受けられました。

1年ほど前、マリア・テレジアの娘たちの数奇な運命をひとりずつ取り上げました。

以下にリンクを貼っておきます。

次女マリア・アンナ:エリザベト修道院

四女マリア・クリスティーナ(ミミ):テシェン公アルベルト・カジミール妃

五女マリア・エリザベト(リースル)インスブルック修道院

六女マリア・アマーリアパルマフェルナンド1世

八女マリア・ヨハンナ・ガブリエーラ(12歳で早逝)

九女マリア・ヨゼファナポリシチリア王フェルディナンド4世婚約者(16歳で早逝)

十女マリア・カロリーナナポリシチリア王フェルディナンド4世妃

十女でいったん終わっていましたが、いよいよ、末娘十一女を取り上げたいと思います。

それは、姉たちとは比べものにならないくらい有名で、今もその生涯が人々を引き付けてやまない、マリー・アントワネットです。

一番有名となった末娘

マリー・アントワネットとは、フランス王室に嫁いでからのフランス語読みで、ドイツ語ではマリア・アントニアとなりますが、最初からポピュラーなアントワネットで呼ぶこととします。

彼女は、女帝マリア・テレジア、皇帝フランツ1世の第15子(第11女)として、1755年11月2日に生まれました。

下には弟のマクシミリアン・フランツがいて、マリア・テレジアの子はこれで〝打ち止め〟となります。

マクシミリアンは後にケルン選帝侯に就任し、若いベートーヴェンを雇い、保護して、ハイドンのもとに公費で弟子入りさせています。

マリア・テレジアはこれまでの出産はほとんど安産でしたが、マリー・アントワネットだけはやや難産だったようです。

あまり構われなかった末娘

女帝は多忙で、これだけたくさんの子の養育には手が回りませんでした。

幼いマリー・アントワネットは、その分、広大なシェーンブルン宮殿で、伸び伸びと遊びまわって過ごしました。

勉強は大っ嫌い。

本にも教養にも無関心でした。

厳格なフランスやスペインの宮廷とは違い、ハプスブルク家の宮廷は比較的自由で、家庭的な雰囲気だったのです。

それをよいことに、彼女は養育係の女官や先生たちの目をかいくぐって、勉強をさぼっていました。

しかし、頭は良く、非常な愛らしさをもっていたので、先生たちには愛想を振りまいて、うまく勉強をすり抜けることができました。

音楽のレッスンを担当したのは、大音楽家グルックでしたが、そのレッスンもよくさぼっていたのは、漫画『ベルサイユのばら』でも描かれています。

歴史上、この上ないビッグな政略結婚

当時、これまでも見てきたように、オーストリアハプスブルク帝国と、フランスブルボン王朝は、100年以上にわたってヨーロッパの覇権争いをしていました。

しかし、旧大国同士が消耗している間に、フランスは英国に、オーストリア新興国プロイセンに圧され気味となっていました。

遠国のロシアも不気味に力をつけてきています。

このままでは、新興国に漁夫の利を得させるだけだ、と気づいた両国は、昨日の敵は今日の友、といわんばかりに、コペルニクス的転回で、同盟を結ぶことにしました。

歴史的な転換点、外交革命です。

そして、同盟を強固なものとするため、ハプスブルク家ブルボン家を血縁で結ぶことが企てられたのです。

まずは、国王ルイ15世ハプスブルク家のプリンセスの婚姻が検討されましたが、ルイ15世ポンパドゥール夫人、次にデュ・バリー夫人といった愛妾が絶えず、いくら同盟のためとはいえ、潔癖な女帝はどうしても娘を婚る気になれませんでした。

逆に、ふたりの妃に先立たれた息子ヨーゼフ2世に、ルイ15世の3人の娘のいずれかを、という案も出ましたが、最愛の最初の妃イザベラが忘れられないヨーゼフ2世は、再婚しない宣言をしてしまったので、これもダメ。

結果的には、早逝してしまった王太子ルイ・フェルディナンの長男で、王位継承者であるベリー公ルイ・オーギュスト(のちのルイ16世に、皇女を嫁がせ、未来のフランス王妃とすることになりました。

候補となったのは十女のマリア・カロリーナでしたが、ナポリに嫁ぐはずだった姉、九女マリア・ヨゼファが、輿入れ直前に天然痘で急逝してしまったため、急遽代役としてナポリ王妃になってしまいました。

順番で、フランスに嫁ぐのは、十一女マリー・アントワネットに回ってきたのです。

頭はいいけど、集中力なし…

少女時代のマリー・アントワネット

なんといっても、嫁ぎ先は、大国フランス王国です。

これまで姉が嫁いだパルマ公国ナポリ王国などの小国とはまるで格も規模も違います。

フランス王妃というのはとてつもない重責です。

急に末娘に御鉢が回ってきたので、母帝は13歳となったマリー・アントワネットの教育状況をチェックしましたが、これが惨憺たるもので、愕然としました。

フランス語はおろかドイツ語も正しく書けません。

教養面も基礎レベルでした。

母帝はあわてて、フランスのダンス教師をつけましたが、フランス側から、得体のしれない教師を未来の王妃にあてがってくれては困る、とクレーム。

フランスからは、正式な教育係としてヴェルモン神父が派遣されてきました。

この神父は赴任早々、マリー・アントワネットが、明るく、優雅な身のこなしを身に着けた素晴らしい女性であることを見抜きます。

しかし、勉強となると、あまりの集中力のなさ、注意力散漫で落ち着きのない性格に手を焼きます。

彼の有名な手紙です。

皇女は、世間がこれまでずっと考えていたより頭はいいのですが、あいにく12歳になられるまで、集中力の訓練をされてこられませんでした。いささか怠け癖があるのと軽はずみなのとで、皇女の教育は困難にみまわれております。この6週間、わたくしはまず文学概論から始めてみました。皇女はよく理解され、正しく判断されるのですが、深く内容に立ち入ろうとすると、能力はあると感じられるにもかかわらず、先へ進みません。けっきょくわたくしの結論といたしましては、皇女を楽しませながらでなければ、教育は不可能ということです。*1

頭はいいのに、集中力が続かない。

こんな子はざらにいますし、特に致命的な欠陥ともいえませんが、長じて王妃となると、この性格が悲劇を呼んでしまうのです。

そんな急な一夜漬けなど間に合うわけもなく、輿入れの日が迫ってきます。

 

さて、引き続きハイドンのシンフォニーを聴いていきます。

長寿だったハイドンは、18世紀から19世紀に移り変わる時期に長く活躍し、この大変革期の有名人との交流も多くありました。

シンフォニー 第48番には『マリア・テレジア』の愛称がついていますし、同第85番は『フランス王妃』と早くから名付けられ、それはマリー・アントワネットの愛好曲だったことによります。

 

今回は出版用に作曲された第79番、第80番、第81番のセットから、最後の第81番です。

ハイドン交響曲 第81番 ト長調

Joseph Haydn:Symphony no.81 in G major, Hob.I:81

演奏:ジョヴァンニ・アントニーニ指揮 カンマーオーケストラ・バーゼル古楽器使用)

第1楽章 ヴィヴァーチェ

なんとも不思議な開始です。ト長調の主和音が全楽器で鳴らされたあと、チェロだけがト音を刻み、そこに第2ヴァイオリンがハ長調の属七和音であるヘ音で入ってくるのが、どこか不自然な感じがきます。不安な感じが、いきなりニ長調への転調で輝かしさに転じ、弦同士の颯爽とした掛け合いが始まります。まるで吹きすさぶ嵐のようでさえあります。第2主題はファゴットがユーモラスに奏でる上を弦が愛らしく奏でます。展開部では、冒頭の不思議で不安な気分と、颯爽とした掛け合いが絶妙に絡みます。驚くべきは再現部で、掛け合いが転調を続け、嵐がこれでもかとさらに勢いを増し、圧倒されます。明らかに、ハイドンが新境地に入ったことを示しています。元気がもらえる楽章です。最後は、冒頭の穏やかさが戻り、優しく締めくくられます。

第2楽章 アンダンテ

シチリアーナのリズムによる変奏曲です。ニ長調のテーマはフルートと第1ヴァイオリンのユニゾンで、伸び伸びとした旋律です。第1変奏は同じ雰囲気で装飾が加えられます。第2変奏はニ短調に転じ、決然とした感じになります。属七和音からナポリ6度の和音にうつるコード進行はため息が出るほどの美しさです。第3変奏は3連符の装飾が見事。第4変奏はピチカートに乗った管楽器の歌が優雅です。

第3楽章 メヌエット:アレグレット&トリオ

ト長調ですが、ここでも独特な和音が不思議な雰囲気を醸し出します。テーマはハンガリー民族音楽風です。トリオはファゴットの独奏を第1ヴァイオリンが支えます。全楽章を通じて、ファゴットの活躍が目立つシンフォニーです。

第4楽章 フィナーレ:アレグロ・マ・ノン・トロッポ

ヴィオラとチェロの低音楽器が流れるような旋律を歌い出し、全楽器で生き生きと盛り上げてゆきます。冒頭の旋律の変形が、次々と楽器から楽器に受け渡されていくのは見事です。展開部では、一瞬の休止があり、また始まったかと思うと、激しく、力強く突っ込んでいきます。第1楽章と同じように、展開部の深みや拡がりが、これまでのシンフォニーと明らかに一線を画し、これから傑作の森に入っていくのだ、と実感させられます。

 

動画は同じく、アントニーニ指揮のカンマーオーケストラ・バーゼルです。コンミスの笠井友紀さんのキレッキレの演奏が素敵です。バックに流れる教会の鐘もいい雰囲気。


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今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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